Blog

2008.07.06

mediaはmediumで

昨年の9月に翻訳者の安西徹雄がナレートして、シェイクスピアの戯曲「十二夜」を演劇集団「円」の俳優達が各役をリーディングするのを聴いた。これは活字文化推進会議が「翻訳文学のいま〜古典の新しいカタチを考える〜」という企画で行ったモノであるが、その安西氏が5月末に亡くなっていた事を日経新聞の追想録で知る。

スポンサーは光文社であったが、古典を新訳で楽しむということによって「今、息をしている言葉で」というキャッチの下、僕の光文社株を随分上げたモノである。この時の安西氏の影響で亀山郁夫訳「カラマーゾフの兄弟」を読んでいるようなものだ。矍鑠として居られた印象だが、その僅か8ヶ月後の訃報に驚く。

昨日も活字文化推進会議による講演が市川の小学校で開催されており、ゲストは井上ひさし。読書週間がイタリアのボローニャで始まったことを説明したと新聞には記載されていたが、昨日は連塾のゲストスピーカーでもあったはずである。午前中は市川で午後は赤坂とは、随分と忙しい。今回の連塾は残念ながら参加を見送ったが、松岡正剛プロデュースの基、國學院の岡野弘彦と井上ひさし、そして押井守が対談をするという豪華絢爛な内容である。


ぎらつく夏の日差しを浴びて帰路に着くと近所の奥さんに、潮干狩りで得たという浅蜊を大きな袋一杯頂戴する。「砂抜きして下さい」と言われたので台所の塩を探すが「ヒマラヤの岩塩」しか見当たらない。海の貝に山の塩で良いのか?いや、元々ヒマラヤは海だったはずなのできっと大丈夫、などと無駄な推察をしながらをミルでガリガリ挽いて入れる。すると健気に脚や管が伸びてくる。


土用の丑といえば、ウナギで精をつけたいところである。

マスメディアの流す産地情報などで消費者は煽られ、つい「ブランド産品」を選好してしまう。しかし、四万十川なのか浜名湖なのか大津なのか、ウナギの産地はきっと食べてみても僕にはわからないと思う。

希少性がモノを言う様になったら、もう本当の価値は失われてしまうのかもしれない。メディアが煽るブランドインフレーションの犠牲は消費者だけではなく生産者、或いはその「モノ」自体である。メディア(media)がミディアム(medium)の複数形であることを思えば、マスメディアへの情報依存も「中位(medium)」がいいのだろう。

posted by idr at 16:33

Profile

和田晃一
株式会社エスキューブド
執行役員
1970生まれ
1994NTT入社。附帯事業部門を中心に勤務
2004教育研修会社grownaviを設立。企業研修の企画設計、講師などを務める
2006エスキューブドに参加。コミットしている担当業務は「読書」