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2009.05.24

マネジメントは教えて貰えるのか?


昨年辺りから、事業再生やM&Aに関する相談を受けることが多くなっており、人様の企業にちょくちょく御邪魔している。そもそも何故「読書家」にそんな相談が持ち込まれるのかは別として、いずれの企業も事業が低迷し、大幅な黒字減や初の単独赤字を計上したりしている。この要因は様々だが、面白い共通点がある。

それは、殆どの代表取締役がMBA(経営学修士号)ホルダーという点である。

日本でのMBA信奉(特に米国の大学での取得)が始まって久しいが、企業経営に関する最も権威ある修士号を取得した人達が、悉く業績を低迷させ組織を衰退させている。これは何故なのだろう?

僕もNTTに務めていた頃、所謂ビジネススクールへ通いマーケティングを学ぶという機会があったのだが、その学校ではハーバードのケーステキストを使用しており、修了するとMBAの二単位相当分として扱っていただけるという「有り難い」モノだった。

当時、NTTはブロードバンド回線のシェア争いに苦戦しており、回線サービス商品主管だった僕にとって、P&Gやホンダ、ケンドール・ジャクソンの戦略は確かに参考にはなった。が、それらのケースを分析して企業経営が出来るのか?といえばそれは大いに疑問である。

あるケースでの授業中、「ではこの事例のKSF(Key Success Factor)は?」という講師の問いかけに戸惑いつつも「僕は○○だと思います」と答えると、講師と受講生が一斉に僕を振り返りながら「イシューの抽出が出来ていない」と言い募る。これはかなり恐怖を覚える経験だった。彼等の殆どは「クリティカル・シンキング」という授業を履修済みで、その手法を前提にしている。つまり、結果についてクリティカルな要因を「MECE」に抽出する為の思考方法によってKSFを体系的に示せるのだという。因みにMECEとはMutually Exclusive and Collectively Exhaustiveの略語で「漏れなくダブり無く」という意味。

名門ケロッグ大でMBAを取得された、今では東京オリンピック招致委員会のお偉いさんになった方が教鞭を執っていた授業のことなので詳述は避けるが、KSFなるものが抽出できるのであれば、それはコトが起こった後のことであり、MBAがManagement by Analysisと揶揄される由縁でもあるだろう。 また、コトの起こる前に見つけることが可能だとして、KSFを見つけられる秀才達が何故経営の失敗をするのか、不思議といえば不思議である。先の授業の様子からもわかるとおり、生徒同士の対話と言うよりは講師に対する発言内容が評価される、つまり分析の公開腕前比べのようなところがあるのである。


話が横道に逸れた。

各社とも大体このような道程を経ている。

先ず、M&A、出資、あるいは事業継承などで意気揚々と取締役に就任した代表が最初に行うのが株主価値の最大化という目標設定。その後、財務諸表を分析し削減可能な費用を大胆に削る。「人的資源」として生産性が低いと判断された社員を辞めさせると共に、金融機関からの中途採用を行う。次に、選択と集中を大胆に行い、費用化できる仕事は格安料金で外部委託をすすめる。そして止まらない売上減に連動させて人的資源の見直しを図り、財務諸表の損傷を出来るだけ小さくする。しかし、どうにも巧く行かないようになると、会社の解散価値が0になる前に事業売却や株式売却を考える。


概ねこれらの会社の中は滅茶苦茶になっている。

どんな風に滅茶苦茶なのかは御想像の通りだが、一つ解せないのは費用削減策として長期雇用者である中高年の解雇を優先することである。「米国流の優れた経営学」を学んだ人達が何故米国の人員整理術を実施しないのかは不思議である。因みに、米国企業の一般的な解雇は雇用期間の短い人からである。当たり前の話だが、組織内のキャリアは実務でしか積むことが出来ないのだから、その得難い経験の多い社員を先に切るのは愚の骨頂なのである。

更に面白いことに、同じような末路を辿る企業がある。それは、その場しのぎの決定を独善的に繰り出す強欲な代表者を頂く企業だ。


各社とも大体このような道程を経ている。

先ず、儲かるかどうかを考えて事業分野が決定され、自社利益そのものを目標にする。その後、如何に安価に大量販売するかを考え、業務委託費用の削減を大胆に行う。人件費は安く抑え、恐怖で組織を維持し、儲かる仕事を探しながら、少々の悪事を悪びれることなく実行できる人を金で釣って来る。しかし、社内の背信を受けて事業は傾き、もっと儲かる仕事を見つけた代表自らが、財務諸表や事業内容を飾り立てた資料で出資者を募り売却先を探し始める。


概ねこれらの会社の中は滅茶苦茶になっている。
どんな風に滅茶苦茶なのかは御想像の通りである。

皮肉なことに、経営学の修士号を獲得した経営者と、無学で強欲な経営者が同じように振るまい同じように企業を崩壊に導いている。ヘンリー・ミンツバーグの「MBAが会社を滅ぼす」によれば、MBA募集と教育によってできあがるのは「成功への追い越し車線」を走ることだけを夢見る無知で強欲な経営者ばかりと喝破しているので、不思議ではないのかもしれない。

まあ、それはいくら何でも言い過ぎだとは思うが、南カリフォルニア大学教授の教育学者ローレンス・J・ピーターが言うとおり、能力主義の組織では「能力の限界まで出世し、結果全ての階層が無能者だらけ」になり、「仕事はまだ出世の余地のある無能レベルに達していない社員によってなされる」とすれば、経営者という階層で無能レベルに達した人々がそこに屯し、階層横滑りをするしかないので属する組織を着替えている、と見えなくもない。

すると、ピーターの法則によれば、組織は無能者で溢れ活動は停滞することになってしまう。では、この法則を乗り越えて生産や創造の活性を促す方法は無いのだろうか?僕は、乗り越える為の2つの指針があると思う。一つは組織の能力主義を捨てることである。能力を評価することは必要だが、今発揮しているコトだけを評価したり、能力以外の評価を全くしないことは階層の停滞を招く直接的要因となる。評価基準のない「何か」を探すべきであり、「今は無い」と言うことを謙虚に受け止めるのは、組織が学ぶための大事な態度である。

もう一つは、個人の能力に依存しないことである。どんな優れた個人も、集合知性の前には太刀打ちできない。依存するとすれば集合知性に行うべきでありその方法を磨くことによって組織は活性化する。これは、組織と構成員という関係でも言えるが、社会と企業という関係でも成り立つのではないだろうか?つまり、新しい状態になってゆくことによって集合知性が無能になることが避けられるとするならば、組織も社会も創造と生産の活性を手に入れる事ができるのである。

組織が集合知性を更改する事ができるようになったら、それは無尽蔵のエネルギー資源を手に入れたようなモノだろう。そしてこの方法のヒントは実業実務の中に存在しており、実践する人の手を経て姿を現すのだ。

更に付け加えて言うならば、実に残念なことだが、ビジネススクールも起業家塾も、この方法を全く教えてはくれない。

posted by idr at 16:42

Profile

和田晃一
株式会社エスキューブド
執行役員
1970生まれ
1994NTT入社。附帯事業部門を中心に勤務
2004教育研修会社grownaviを設立。企業研修の企画設計、講師などを務める
2006エスキューブドに参加。コミットしている担当業務は「読書」