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   <title>IDR</title>
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   <title>文字は文明の利器</title>
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   <published>2010-01-06T16:28:31Z</published>
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   <summary>文字の誕生によって巨大な世界が描かれるようになる一方で、文字に記憶を頼ることによって人間の考える力が低下する。文字は勘定の必要性から生まれたが故に非常に実用的である一方で、便利すぎるが故に人間の思考、想像、記憶能力を低下させている、というわけだ。</summary>
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      少し前のニュースで気になっているのが、チアチア族の使うチアチア語にハングル文字をつかうことが決まったという話。

AFP通信によると、インドネシアのチアチア人がハングル文字を採用することを発表し、バウバウ市長はソウル市長と面会、ハングル文字を広め文化交流を促進していく旨の覚書に署名したという。

アラビア文字からラテン文字、ラテン文字からキリル文字など、商業交易や武力侵攻などが複雑に絡み合って、同じ言語であっても記述文字が変わるというのは近代史を繙けば枚挙に暇がないが、無文字だった言語が突如として別言語の文字を取り入れるというのは、かなり稀なのではないだろうか？

日本語も嘗て無文字言語であったが、朝鮮半島を経て中国大陸との交流が進む中、漢字を取り入れるようになる。しかもその方法は非常にユニークで、中国語をそのまま輸入するのではなく、表記に加えて音、意味を送りながら日本語に馴染ませてゆく。しかもその送った漢文読み下し文のような「アセンブリ言語」も含めて日本語化し、日本語そのものをも増やしてしまうという具合である。

日本語と中国語、漢字についての詳細は他に譲るとして、論点としたいのは「何故チアチア族はチアチア語に使う文字を求めたのか？」である。

文字が生まれた背景は端的に言えば「勘定の必要性」であり、集散地である都市がその母胎となる。ブトン島はイスラム勢力の流入が古くから見られ、現在のチアチア族はバウバウ市を中心に6万人が住むという規模である。6万人といえば、福生市の人口とほぼ同じである。


この人たちが、「文字を使っていなかった」と見るのは恐らく間違いだろう。


普通に考えて、この規模であれば何らかの勘定が必要であり、その為にはきっと他の言語と文字を使っているに違いない。

インドネシアの大スンダ列島、スラウェシ島の南西に浮かぶ島にいる部族、という程度しか知らないので想像の域を出ないのだが、日常的に複数の言語を使い分ける人たちは、世界には結構いるのである。

例えば、世界の6,000言語のうち2,000の言語が存在するアフリカでは特に顕著である。部族毎に異なる言語が使われるが、部族間交流には共通語が必要になる。ガーナには70の言語が知られているが、アカン語はほぼ半数のガーナ人が理解する共通語である。さらに商売用のハウサ語、公用語の英語、そして部族語の４つを家族の中でも普通に混在させて使っていることを、高知大学人文学部の古閑恭子准教授が公開講座で紹介していた。

チアチア族も、勘定の必要な日常生活はインドネシア語などの文字のある言語を併用していたのではないだろうか？しかし、部族語であるチアチア語は文字を持たないので、他の共通語や公用語の使用が増え、部族語を話す人や機会が減ると言語が消滅する可能性があり、これを防ぐために文字の借用を決定したと見るべきであろう。

マスメディアの論調も、語族的に無関係な言語のハングル文字を充てる唐突さを強調し、ニュースに反応している個人ブログなどは韓国の文化輸出戦略ではないか？と少々意地悪な見方のものが多いが、日本語は漢字を使用することで豊かな文化を生み出した前例でもあり、更に付け加えるならばこのケース同様、シナ=チベット語族の中国語からウラル=アルタイ語族の日本語への「語族越え文字充当」だったのである。

ただ、これもまた推測だが、漢字を日本語が吸収した貪欲さは無いのかも知れない。既に他の言語で代用ができているのであれば、何とかして書かねばならないという動機がどうしても弱いからである。

文字がないと言語は消滅の危機に瀕するというのは確かだろう。現に世界では年間200程度の言語（方言を含む）が消滅しており、その殆どは無文字言語だという。書かれるということはその保存性を一気に高めてくれる。


しかし、一方で話し言葉の威力を思い知ることがある。

ジャン・ハロルド・ブルバンの「消えるヒッチハイカー」にもあるとおり、口承は最も原型をよく伝える。雨の夜に一人客を乗せたタクシーの運転手が振り向くと、そこには人が乗っておらず、座席だけが濡れている、という都市伝説は世界中に存在するが、この原型は19世紀のロンドンにまで遡るらしい。

「ぐるりよざ」という熊本民謡は、隠れキリシタンが発覚を怖れて記述を禁じ、口伝えで賛美歌を400年間保存したものである。因みに「ぐるりよざ」はグロリアスという、現在のスペインでは失われた、アンダルシア地方の賛美歌が原型であることがわかっている。

さらに、言葉が文字を持つことの負の面も知っておくべきである。

小林秀雄の講演録の中で、プラトンと本居宣長の共通点が挙げられている。プラトンはエジプト神話を題材に、文字を作って得意になっている神を、別の神が「文字のせいで人間は記憶をしなくなる」と諫めるという話。一方、本居宣長は無文字時代の古人の不自由さを弟子達が不憫がるのを、その精神が全く困ることは無かったはずだと反論する話。

文字の誕生によって巨大な世界が描かれるようになる一方で、彼の二人に共通する危惧は、文字に記憶を頼ることによって人間の考える力が低下することである。文字は勘定の必要性から生まれたが故に非常に実用的である一方で、便利すぎるが故に人間の思考、想像、記憶能力を低下させている、というわけだ。

文字を携帯電話やインターネットに置き換えると、そのまま今の私達に当て嵌まるから恐ろしい。確かにほんの10年前までは携帯やネットがなくても仕事に不自由はしなかったが、今やその生活を想像することすら難しい。頭で記憶している電話番号は10年前の1/10以下であろうし、人名漢字は全く書けなくなっている。便利にすることで他の能力開発がされたというよりも、どうやら脳を怠けさせてしまったように見える。

それはさておき、少なくとも、語族の違う言語の文字を借り入れて独自の文化を創った先達の末裔としては、メディアの論調を想像力の発揮をすることなく受け容れたり、狭隘なナショナリズムにホイホイ荷担するだけではなく、我々の先達と同じ試みをするチアチア族の応援くらいはしておきたいところである。


新年の新聞を拡げていると、国内政治欄の見出文字に
「融通むげ」
とあるのが目に入る。政治家の姿勢を非難した記事だったが、これだけでもう腰砕けである。所謂交ぜ書きだが、「えん罪」「改ざん」「けいこ総見」「党内あつれき」といった記述を見ると、どこの小学校の学級新聞か？と思ってしまう。因みに実際の学校ではもっと深刻で、自分の名前であっても習っていない漢字は平仮名で書くことになっているそうである。例えば小学三年生の鈴木一郎くんは「すず木一ろう」と書くことになる。「鈴木」でも「一郎」でも無くなってしまったこの漢字表記制限を、故白川静博士が見たら何と仰有るだろう。文字は文明の「利器」なのである。使い方に気を付けなければならない。

交ぜ書きの理由が、難しくて読めない、知的バリアフリーだというのならば、ハイブリッドな、ハイコンテクストな言語を扱ってきた秋津島の民としては少々残念な話である。10年前に比べると漢字は書けなくなっているし、メガ文字化によって新聞の情報量も大幅に減少している。100年、200年前と比較すると、近代史の歩みそのものが能力低下の歴史にも見えてくる。

技術が進歩すると、その技術に依存して人間の能力が衰えてしまうことをもっと自覚すべきなのだろう。チアチア族のハングル記述に先人達の労苦と叡智を偲び、現代を生きる日本人の一人として少なくとも熟語の交ぜ書きをしないで済むような修行は、自ら進んで行いたい。

      
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   <title>どうしたらうまくなるの？</title>
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   <published>2009-12-16T12:23:34Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>修行というのは理不尽な何かを含んでいるものである。
練習というマイルドな表現になった今でもこれは変わらず、</summary>
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      ■先達はあらま欲しき事なれど


街はクリスマスムード一色。
日本の年の瀬の風物詩はベートーベンの第九だが、クリスマスといえばバレエの「くるみ割り人形」を忘れてはならない。

レニングラード国立バレエは毎年「引っ越し公演」と呼ばれる程の規模で年末年始の日本公演を行っている。今年もチャイコフスキーの三大バレエを演目に入れて万全の様子である。以前僕が観たのは「眠りの森の美女」。重力を感じさせないこの跳躍とは一体何だ？と思う間もなく、その跳躍がまるで当然のように繰り広げられる群舞に圧倒される。

「くるみ割り人形」は2年前にウクライナ国立バレエ（キエフ・バレエ）で、エレーナ・フィリピエワがクララ役を演じたのを観たが、こちらもその空気のような跳躍と少女期の終わりを表現するしなやかな動きに溜息が漏れる。 

そして何と言っても、劇場付の楽団が素晴らしい。レニングラード国立歌劇場管弦楽団もウクライナ国立歌劇場管弦楽団も、狭いオーケストラピットの中から出しているとは思えない完成度の高い演奏を聴かせてくれる。

楽器や武道、舞踏、スポーツはもとより鉄棒の逆上がり、補助輪無しの自転車乗りに至るまで、ある時を境に急にできるようになる。そしてこれに弾みが付くと益々上達する。できた後は、なぜ今までできなかったのかを説明できなくなる。

一方で、このような技や芸にはスランプという状態もある。
どんなに練習しても上手く行かなくなったり、やればやるほど成果が乏しくなってくるようなことになると、続ける事が苦痛になってくる。しかし、一流といわれる人の殆どはこのスランプを乗り越えて、急激な上達をするのである。

思い返してみると、子供の頃の習い事というのは、「何かの弾みにできるようになる」「どれだけやっても上手く行かないこともある」しかし、「それを乗り越えると別の世界が拡がっている」という体験をする為のように思えてくる。

子供に習わせた剣道で生計を立てる魂胆の親は少ないだろうし、一流のピアニストを本気で育てようとするなら小さな町の先生では少々心許ない。それでもどんな辺鄙な場所にも珠算塾や書道教室はあり、子供達は理由を説明されることなく習い事をしてきたことを考え合わせると、恐らく修行のもつ理不尽さを体験する場の提供が親の最大の眼目であったのだ。

修行というのは理不尽な何かを含んでいるものである。練習というマイルドな表現になった今でもこれは変わらず、課外活動（所謂部活）などでも

「どうやったらサッカーが上手くなりますか？」
「練習することだ」
「どれくらい練習すればベッカムみたいにできますか？」
「たくさん練習することだ」
「たくさんってどれくらいですか？」
「･･･取り敢えずグランド100周走ってこい」

こんな対話が成り立てばまだマシな方で、因果の説明できない修行メニューを無理矢理やらされた思い出のある人は多いだろう。

しかし、どれだけやったらどれだけ上手くなるのかは、今以て説明することは不可能である。上記のようなグランド100周は「しごき」「体罰」とされ教育現場からは排除され、指導者には練習効果の説明が求められる。授業においても学習と成績の関係を説明しろと、教師が親に迫られることはざらだそうである。つまりはこういうことだ。「何時間勉強したらあの大学に合格するのか説明してください」

これは学校だけではなく社会人も同様であり、「やったことがないから無理です」という説明が横行し「兎に角やってみろ」という上司はパワハラで訴えられる。どうして良いかわからない部下は鬱々として「こんな会社辞めます」、そもそも後の責任の取り方を知らない上司は「まったく近頃の若いモンは」と、組織は誰も望まない不幸な関係が連鎖することになる。


過去に行き過ぎた理不尽さとそれに伴う損失があったのも事実だろう。理不尽の必要性を理解していない者が正当性を装って振るうそれは嗜虐性を伴い、人の精神や肉体を蝕む。

しかし、理不尽さを排除できるほど私達の学問や技芸習得の仕組みが判っているわけでは無い。いつから、どのようにしてできるようになるのかは、わからないのである。理不尽であることを理由に修練を排除するのは、成長を否定する自滅的な行為とも言える。

付け加えるならば、こういった理不尽を扱う側にも相応の覚悟が必要であるということだ。職場で上司がやるならば、首を賭ける心構えくらいは必要であり、その真剣さが無ければ足許を見られる。そんな覚悟を持たない人がいくら理不尽さを強いようとしても、残念ながら上手く行くはずがない。

上司や教師に覚悟もなく、先輩にロールモデルも見当たらない、その嘆いている人が覚悟とモデルの破壊に荷担したことに気付いていない、まことに不遇な状態に組織はおかれている。しかし組織というものから理不尽さを伴う修行が消えたら、一体どこで学ぶのだろう？


ただ一つだけはっきりしていることは、練習も修行もしないで上手くなることは決してない、ということだ。

いつの間にかできるようになったとき、ああ、あの練習の成果がやっとでた、あの苦しい修行が報われたという感慨を覚えるが、こういった経験が貴重になりつつある。先日20代前半の複数の男性とこんな対話を交わす。

「イチローって何であんなに野球が上手いんだろうね」
「天才だからッスよ」
「えー？じゃ練習しなくても上手いのかな？」
「そーっすよ。ジブンは天才じゃないんでマジ無理ッス」

御存知の方も多いと思うが、3歳の頃から野球を始めたイチロー選手は小学生時代からプロ野球選手になることを目標に殆ど毎日欠かさず練習をしてこの夢を実現させている。

ロシアのバレリーナの重力を感じさせない跳躍を思い出す度に、その背後に隠された汗と涙と理不尽さを想像し、いつの間にかできるようになったときの、その喜びに少しでも心を重ねることができることを幸せに思う。

本当に価値ある表現は、技芸を磨いた末に発揮される。家庭、学校、習い事からこの理不尽な何かを受け止めて行くうちに「いつの間にかできた」経験が失われた今、企業組織は修行システムとしての道場機能を取り戻さなければならない。



      
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   <title>未来を対話で拓く</title>
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   <published>2009-11-16T11:10:24Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>未来は対話でしか拓けない。それは、現状を混乱ではなく混沌という「創発」前夜だと見なす視点と、そこに適用される規範はこれから創る、という覚悟を決めることでもある。</summary>
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今年の11月1日は未来を考える特異日だったのかもしれない。
僕が誘われただけでも、3つの大きな催しがあった。

一つはNPO法人ハロードリーム実行委員会の開催した「夢の日」イベント。これは学習学協会代表理事の本間正人氏からお誘いを受けていたのだが、氏の「夢×本気=実現」というワークショップでは、子供の頃からの夢を初対面の参加者が語り合うなど、未来への大きな夢が、対話となって響く場となったそうである。残念ながらもう一つのイベントに参加することを先約しており、こちらは御辞退申し上げる。

もう一つは、宮様も役員に名を連ねるNPO地球こどもクラブ主催の「河口湖植樹祭」。このイベントに長女と共に一泊二日で参加したのだが、今年で四回目を迎える植樹祭は、10〜15歳の子供に自然の営みを聴・視・触・嗅・味の五感での体験を提供した後、ツツジとサクラを湖畔に植えるというもの。現地の首長や名士の参加する式典の後は、郷土芸能と料理を皆で堪能。春になったらまた来よう、いつまでも美しい自然と文化を残していこう、と無理なく素直に思う。

そして、最も規模が大きかったのはダライ・ラマ法王14世来日記念講演だろう。「地球の未来への対話」と題された講演は、日本を代表する4人の学者との対話を、副題の「仏教と科学の共鳴」のとおり、響かせると謳っていた。因みに4人の学者は清水博、田坂広志、竹村真一、星野克美各先生と絢爛豪華な顔触れ。特に清水先生は3年前の連塾で講演を拝聴して以来、非常に関心を持っていたこともあり参加できないことを心底口惜しく思う。

しかし、このプレイベントとして竹村・星野ペアの対話を聴く機会に恵まれる。問題意識としては共通する二人だが、竹村氏が可能性について希望を述べると、星野氏が現在のパラダイムではそのジャンプができないことを指摘する。そして聴衆の心には、新しいパラダイムが必要であることが、自らの言葉として、実感として、湧き上がってくる。

少し前の話だが、国際科学技術財団が第25回日本国際賞にデニス・メドウス博士を選出し、その授賞記念講演が4月に東京で開かれた。博士の「制約の中に生きることを学ぶ」と題された演目を興味深く聴く。

最近になって漸く地球は脆く壊れやすい環境を纏っていることが理解され、無制限に利己的な活動には抑制が掛かるようになってきたが、これまで多くの人々の認識において地球は広大無辺であり、「豊かな」発展にいくらでも与え続けてくれる存在だったに違いない。

星野先生の論拠はメドウス博士の主張にほぼ沿った内容であり、現在の経済学が説明できる限界を示している。そしてこの先には経済学の論理が教えないシステム思考への入口が、本当は開いている。

システムというのは「部分を合計しても全体にならない何かを含む何か」を持っていることが特徴であり、それは、時計を分解して部品をごちゃっと集めても時間を示す事はできないことでもわかることだが、時計を部品の集まりだと認識しているうちはどうしても「システム」を見ることが出来ない。

また、システム内部にいるとシステムを直接見ることが出来ないという厄介な問題がある。時計の歯車は今何時なのかを知ることは出来ないし、僕の内臓細胞は永久に僕の行為を見ることはない。


僕はこのダライ・ラマ法王と4人の学者の対話で、地球の未来の可能性を探求するパラダイムが対話によって、その「兆し」のようなものでも示されるのではないか？と期待していた。

当日国技館会場で聴いてきた友人、知人、運営スタッフから概要を聴くかぎり、表面的にはそのような対話は観察されなかったようであるが、こればかりはその場にいないと本当のことはわからない。プレイベントの対話だって、表面的には希望竹村VS絶望星野というダイコトミーにしか見えないし、そもそも参加している「自分（達）」を加えてこその場なのである。


11月1日に重なりすぎた「未来を考える」イベントだが、思いがけないところから追体験の可能性が生まれる。


ダライ・ラマ講演に尽力したスタッフと、当日インタビューしたライターのつなぶちようじ氏と、ある宴席で御一緒する。ここで清水博先生との来月行われる会合情報を聞きつけたので早速参加を希望する。実際に対話をした先生はどんな対話だったと仰有るのだろうか？


混乱を制御しようとして一層の混乱を招いている今、未来は対話でしか拓けない。それは、現状を混乱ではなく混沌という「創発」前夜だと見なす視点と、そこに適用される規範はこれから創る、という覚悟を決めることでもある。
      
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   <title>人はなぜ歌をうたうのか？</title>
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   <published>2009-10-08T13:53:36Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>私達が歌うようになったのは、そもそも生きるためだった。とするならば、職能による歌が生まれるような状態を持てる組織が生き残るのかもしれない。</summary>
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      弓狩匡純氏の著書に「社歌」という本がある。迷曲珍曲が並ぶ名著だが、社歌が存在するのは日本企業の特徴ともされているようである。IBMの社歌は公式サイト上で聴くことができるが、それ以外欧米企業の社歌の存在を聞いたことがない。（御存知の方、是非御一報を。）

80年代後半、日英米政府は新古典派経済理論を全面的に取り入れ、官業の民営化を強力に推し進めた。日本では三公社が特殊形態とはいえ株式会社化する。電電公社、専売公社、国鉄はそれぞれNTT、JR各社、日本たばこ産業になったのはこのときである。

役人根性が染みついた「社員」は、急に会社という組織を貫く価値観だとかメンバー同士の連帯感だとか、そういったカタチの無いモノを意識しなければならず、労働組合運動くらいでしか職場団体行動経験のない職員たちを束ねる執行部は、象徴としてのロゴマークや、社員全員が唱える「社員行動規範」、存在意義を示す「社是」そして、みんなで歌える「社歌」を競って導入する。

独占事業で得ていた潤沢な資金を持ち、赤字部門の切り離しで身軽になった三公社が導入したこれらの「組織としての一体感」醸成ツールのうち、ロゴマークで言えばNTTの「ダイナミックループ」は出色であり、社歌で言えばJR九州の「浪漫鉄道」は、その用途の限定が惜しまれるほどである。

「浪漫鉄道」の歌詞の一部を紹介すると、一番の所謂サビの部分は、

♪夢の列車がひた走る　街の目覚めにふれあうように 
　夢の列車がひた走る　人それぞれの願いをのせて 
　海に始まる山に始まる　終わりなき旅へ　浪漫鉄道 

そして、二番になると、
♪♪夢の列車がひた走る　愛と神秘の平野を駆けて 
　　夢の列車がひた走る　駅それぞれの幸せ乗せて 
　　海に始まる山に始まる　終わりなき旅へ　ＪＲ九州 

この二番の歌詞はそのままコーダとして使われ、浪漫鉄道=ＪＲ九州と、疾駆する鉄道=社員のイメージが重なり、まさに労働歌の傑作といえる。

非効率を改善し、無駄を省いて生産性を上げるドライな民営化に必要だったのは、心に訴えかける、人と人を結びつけるウエットな手法だったというのも面白い。

しかし、この労働歌に着目できたことは幸せなことだった。先日、野中郁次郎の「企業進化論」を再読中、このような引用に出会う。

「おいしいカリブーを食べるために、どんどんエスキモーが移動して、カリブーがいなくなってしまった。・・・ポイント・バローにいたエスキモーたちだけが、あるとき、クジラを獲る方法を考えたんです。・・・お互いに合図を送って、一斉に攻撃するという、タイミングを合わせることができたエスキモーたちだけが生き残ったわけです。・・・その運命共同体人たちは声を合わせ、リズムを合わせる練習をしていたんですね。その練習が歌なんです。太鼓を叩きながら歌うんです。・・・つまり、人間は生きるために拍子をそろえて歌うんです」（出典：小泉文夫「人はなぜ歌をうたうか」）

私達が歌うようになったのは、そもそも生きるためだった。とするならば、職能による歌が生まれるような状態を持てる組織が生き残るのかもしれない。


今の職場には、声を合わせて、リズムを合わせるようなことがあるだろうか？


どんどんカリブーが捕れた時代は終わったことだけは確かな事だろう。しかし声の出し方やリズムの合わせ方は練習しなければできないし、本当はその練習の方法さえわからないのではないだろうか？

既に歌を知っている人は、単に遊びだとか娯楽だとか、慰みだと片付けてしまい、これが生きるための方法だということに気付けないでいるのかも知れない。

労働歌、或いはこれに代わる何かを見つけて練習を始め、お互いに合図を送ってタイミングを合わせるようになる方法を、私達も探求しようと考えている。


※「エスキモー」は生肉を喰う人という差別的な意味が含まれるので現在ではイヌイットと呼称されるが原文のまま引用
      
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   <title>節度を失わないための考察</title>
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   <published>2009-07-13T07:23:22Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>「何故ならば、我々はゼントルマンだからだ」
M.フリードマン教授を相手に高らかに宣言したあの銀行は、18世紀の大阪商人が守り通せた節度を何故失っていったのだろう？</summary>
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      ■何故なら我々はゼントルマンだから


7月12日付の日本経済新聞朝刊に「大収縮」という特集記事がある。このシリーズは読み応えがあって、新聞チェックの手が止められることが屡々である。今回はレバレッジの拡大の経緯が説明され、その起源が江戸時代の日本、1730年に誕生した大阪の先物コメ取引「帳合米取引」であることが紹介される。

「帳合米取引」は130〜200倍のレバレッジだったそうだが、高倍率にも拘わらず市場規律が保たれ理由を、当日決済徹底によるリスク繰り越し防止と、参加者が市場の信用維持に全力を注いだことにあるとしている。例えばそれは、コメの裏付けのない財政難の藩が発行した「米切手」の流通を米商人達は団結して排除する等、である。

日本に遅れること約120年、大阪の仕組が鎖国日本から伝播し、ペリー来航の6年前、1847年にシカゴ農産物先物市場が発足する。以後、シカゴは金融も含めた先物のメッカとなり、シカゴ大学は新古典派金融理論の先端を走るようになる。

この記事の中で、ニクソンショック前後に、ミルトン・フリードマンが「英ポンドを空売りしたくても、どこの銀行も受け付けてくれない」と新聞にコメントし、これを読んだレオ・メラメドが金融先物導入に繋げた、ということが書かれている。


御存知の通り、フリードマン教授はシカゴ大の新古典派マネタリストの代表であり、メラメドはシカゴ金融界の首領と目された人物である。


僕が大学1年生の頃、本格的なゼミナール形式の授業に慣れるための「プロゼミ」という、テキスト精読、輪読の授業があった。平成景気（所謂バブル）絶頂の当時、僕の担当教授が後期のテキストに選んだのが宇沢弘文の「豊かな社会の貧しさ」だった。

この本の中で、宇沢氏のシカゴ大時代の回想に、慣例である同僚とのランチタイム回想がある。その中に1967年の英ポンド切り下げ直前のエピソードとして「･･･ある同僚が遅れて席に着いたが、興奮して次のような話をしたのであった。彼はその日、コンチネンタル・イリノイ銀行という大銀行の窓口に行って、英ポンドの空売りを申し込んだという。その時、窓口の係が、『そのような注文には応じられない。何故なら我々は紳士（ゼントルマン）だからだ」というのである。ということはお前は紳士ではないといったことになる。しかし、資本主義の社会では、紳士の定義は、儲けるかどうかによって決まってくる。儲ける機会があるときに儲けようとしないのは逆に紳士ではないのだ』といってその教授は、日頃の信念を強調したのである」とある。

20年経った今、前述の日経新聞を読んで、漸くこのいつもランチを共にした「シカゴ大の新古典派経済学の分野で主導的な役割を果たしてきたある著名な教授」が誰だったのかを理解する。ひょっとすると、新聞記事に書かれた経緯は周知の事実で、寡聞にして宇沢氏の伏せ字に気付けなかっただけなのかもしれないが、出版当時存命していたフリードマンに遠慮したせいかもしれない、とも思う。


高い金融節度を保つことで有名だったコンチネンタル・イリノイ銀行も、1971年8月のニクソンショックに際して、東京外為市場で投機的ドル売りを大量に行って巨額の利益を手にした後すっかり節度を失い、投機的取引に大きく傾斜し始め1985年5月事実上の倒産に追い込まれる。この構図は我々の記憶に新しいリーマンブラザーズの崩壊に重なる。


「何故ならば、我々はゼントルマンだからだ」
M.フリードマン教授を相手に高らかに宣言したあの銀行は、18世紀の大阪商人が守り通せた節度を何故失っていったのだろう？

そこには2つの原因がある。一つは「自分だけがずっと楽して勝つことは有り得ない」というシステム思考の欠如、もう一つはデジタル化による満足感の喪失である。

楽をすることの魅力はどうやら麻薬に等しい抗しがたさがある。7月3日付の読売新聞朝刊に「円天」という疑似通貨を使った巨額詐欺事件で起訴されたL&amp;G元会長の初公判の記事が掲載されている。出資金を集めておいて実際には事業を行わず、挙げ句の果てに六本木のキャバクラ嬢25人を「コスモガール」としてグループ会社で雇い、高額プレゼントと自らの遊興に使い、詐欺被害者を増やすことで贅沢生活が破綻するのを先延ばし続けた。

この元会長は、1960年代からマルチ商法に手を染めており、1978年には詐欺で実刑判決も受けている。しかし、更生されることなく再度の詐欺事件を引き起こし、しかも被害総額は1200億円の被害を出した豊田商事事件を超える過去最悪の1300億円に迫る勢いである。また、エビ養殖への投資名目で850億円を騙し取った会社会長も、過去に何度も詐欺を繰り返しているという。

このように、「労せずして儲ける」つまり楽をすることはいつしか習い性となり、懸命に（それこそ死ぬ覚悟で）頑張ることができなくなってくる。犯罪レベルの悪質な「楽」は傍目にも気が付くのだが、本当に怖いのは、誰もが持ち合わせるちょっとした「手抜き」であり、気付かないうちに増殖された集合的不作為は驚くような猛威を振るうことになる。

破綻は目に見えていた。しかし、詐欺はどういう訳か繰り返され、上記の2人の会長弁舌は、ずっと楽して勝ち続けられると信じていた節があるようにも聞こえてくる。制限のない成長は、少しでもシステム思考を試してみれば、有り得ない事が解るはずだ。

この増殖される方法に「デジタル」という魔術が関係してくる。東京大学の西垣通教授は、6月17日放送のNHK「視点・論点」で以下のように語っている。

「デジタル社会の特徴は、欲望が際限なく増していくことです。そもそも、欲望とはデジタルではなくアナログなものであり、一定程度みたされると飽和するのが普通でした。どんなにおいしいご馳走も、お腹が一杯になるともう食べられません。（中略）アナログな欲望には生理的にストップがかかるのです。（中略）そしてデジタル社会では、欲望がどこまでも膨張していく恐れがあるのです。百万円より一億円、さらに百億円、一兆円と、数値の桁はいくらでも増していきます。企業の利益だろうと、個人の所得だろうと、数値を増していく操作に限りはありません」

サブプライムローン破綻に言及し、「デジタルな欲望には歯止めがかからなくなってしまうのです。この結果、恐ろしい破綻が起きてしまいました。その責任を、投資家や金融業界だけに負わせることはできません」と結んでいる。



節度を失った後に節度を取り戻すのは難しい。

失わない努力は厳しく、「楽して儲けている」他人の姿を見る度に挫けそうになる。
しかし、ちょっとした手抜き、ちょっとした楽、ちょっとした裏切りは、デジタルという魔法で恐ろしい姿の怪物に姿を変えることを、努々忘れてはならない。



      
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   <title>マネジメントは教えて貰えるのか？</title>
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   <published>2009-05-24T07:42:11Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>　経営学の修士号を獲得した経営者と、無学で強欲な経営者が同じように振るまい同じように企業を崩壊に導いている。ヘンリー・ミンツバーグの「MBAが会社を滅ぼす」によれば、MBA募集と教育によってできあがるのは「成功への追い越し車線」を走ることだけを夢見る無知で強欲な経営者ばかりと喝破しているので、不思議ではないのかもしれない。</summary>
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昨年辺りから、事業再生やM&amp;Aに関する相談を受けることが多くなっており、人様の企業にちょくちょく御邪魔している。そもそも何故「読書家」にそんな相談が持ち込まれるのかは別として、いずれの企業も事業が低迷し、大幅な黒字減や初の単独赤字を計上したりしている。この要因は様々だが、面白い共通点がある。

それは、殆どの代表取締役がMBA（経営学修士号）ホルダーという点である。

日本でのMBA信奉（特に米国の大学での取得）が始まって久しいが、企業経営に関する最も権威ある修士号を取得した人達が、悉く業績を低迷させ組織を衰退させている。これは何故なのだろう？

僕もNTTに務めていた頃、所謂ビジネススクールへ通いマーケティングを学ぶという機会があったのだが、その学校ではハーバードのケーステキストを使用しており、修了するとMBAの二単位相当分として扱っていただけるという「有り難い」モノだった。

当時、NTTはブロードバンド回線のシェア争いに苦戦しており、回線サービス商品主管だった僕にとって、P&amp;Gやホンダ、ケンドール・ジャクソンの戦略は確かに参考にはなった。が、それらのケースを分析して企業経営が出来るのか？といえばそれは大いに疑問である。

あるケースでの授業中、「ではこの事例のKSF（Key Success Factor）は？」という講師の問いかけに戸惑いつつも「僕は○○だと思います」と答えると、講師と受講生が一斉に僕を振り返りながら「イシューの抽出が出来ていない」と言い募る。これはかなり恐怖を覚える経験だった。彼等の殆どは「クリティカル・シンキング」という授業を履修済みで、その手法を前提にしている。つまり、結果についてクリティカルな要因を「MECE」に抽出する為の思考方法によってKSFを体系的に示せるのだという。因みにMECEとはMutually Exclusive and Collectively Exhaustiveの略語で「漏れなくダブり無く」という意味。

名門ケロッグ大でMBAを取得された、今では東京オリンピック招致委員会のお偉いさんになった方が教鞭を執っていた授業のことなので詳述は避けるが、KSFなるものが抽出できるのであれば、それはコトが起こった後のことであり、MBAがManagement by Analysisと揶揄される由縁でもあるだろう。 また、コトの起こる前に見つけることが可能だとして、KSFを見つけられる秀才達が何故経営の失敗をするのか、不思議といえば不思議である。先の授業の様子からもわかるとおり、生徒同士の対話と言うよりは講師に対する発言内容が評価される、つまり分析の公開腕前比べのようなところがあるのである。


話が横道に逸れた。

各社とも大体このような道程を経ている。

先ず、M&amp;A、出資、あるいは事業継承などで意気揚々と取締役に就任した代表が最初に行うのが株主価値の最大化という目標設定。その後、財務諸表を分析し削減可能な費用を大胆に削る。「人的資源」として生産性が低いと判断された社員を辞めさせると共に、金融機関からの中途採用を行う。次に、選択と集中を大胆に行い、費用化できる仕事は格安料金で外部委託をすすめる。そして止まらない売上減に連動させて人的資源の見直しを図り、財務諸表の損傷を出来るだけ小さくする。しかし、どうにも巧く行かないようになると、会社の解散価値が0になる前に事業売却や株式売却を考える。


概ねこれらの会社の中は滅茶苦茶になっている。

どんな風に滅茶苦茶なのかは御想像の通りだが、一つ解せないのは費用削減策として長期雇用者である中高年の解雇を優先することである。「米国流の優れた経営学」を学んだ人達が何故米国の人員整理術を実施しないのかは不思議である。因みに、米国企業の一般的な解雇は雇用期間の短い人からである。当たり前の話だが、組織内のキャリアは実務でしか積むことが出来ないのだから、その得難い経験の多い社員を先に切るのは愚の骨頂なのである。



更に面白いことに、同じような末路を辿る企業がある。それは、その場しのぎの決定を独善的に繰り出す強欲な代表者を頂く企業だ。


各社とも大体このような道程を経ている。

先ず、儲かるかどうかを考えて事業分野が決定され、自社利益そのものを目標にする。その後、如何に安価に大量販売するかを考え、業務委託費用の削減を大胆に行う。人件費は安く抑え、恐怖で組織を維持し、儲かる仕事を探しながら、少々の悪事を悪びれることなく実行できる人を金で釣って来る。しかし、社内の背信を受けて事業は傾き、もっと儲かる仕事を見つけた代表自らが、財務諸表や事業内容を飾り立てた資料で出資者を募り売却先を探し始める。


概ねこれらの会社の中は滅茶苦茶になっている。
どんな風に滅茶苦茶なのかは御想像の通りである。

皮肉なことに、経営学の修士号を獲得した経営者と、無学で強欲な経営者が同じように振るまい同じように企業を崩壊に導いている。ヘンリー・ミンツバーグの「MBAが会社を滅ぼす」によれば、MBA募集と教育によってできあがるのは「成功への追い越し車線」を走ることだけを夢見る無知で強欲な経営者ばかりと喝破しているので、不思議ではないのかもしれない。

まあ、それはいくら何でも言い過ぎだとは思うが、南カリフォルニア大学教授の教育学者ローレンス・J・ピーターが言うとおり、能力主義の組織では「能力の限界まで出世し、結果全ての階層が無能者だらけ」になり、「仕事はまだ出世の余地のある無能レベルに達していない社員によってなされる」とすれば、経営者という階層で無能レベルに達した人々がそこに屯し、階層横滑りをするしかないので属する組織を着替えている、と見えなくもない。



すると、ピーターの法則によれば、組織は無能者で溢れ活動は停滞することになってしまう。では、この法則を乗り越えて生産や創造の活性を促す方法は無いのだろうか？僕は、乗り越える為の2つの指針があると思う。一つは組織の能力主義を捨てることである。能力を評価することは必要だが、今発揮しているコトだけを評価したり、能力以外の評価を全くしないことは階層の停滞を招く直接的要因となる。評価基準のない「何か」を探すべきであり、「今は無い」と言うことを謙虚に受け止めるのは、組織が学ぶための大事な態度である。

もう一つは、個人の能力に依存しないことである。どんな優れた個人も、集合知性の前には太刀打ちできない。依存するとすれば集合知性に行うべきでありその方法を磨くことによって組織は活性化する。これは、組織と構成員という関係でも言えるが、社会と企業という関係でも成り立つのではないだろうか？つまり、新しい状態になってゆくことによって集合知性が無能になることが避けられるとするならば、組織も社会も創造と生産の活性を手に入れる事ができるのである。

組織が集合知性を更改する事ができるようになったら、それは無尽蔵のエネルギー資源を手に入れたようなモノだろう。そしてこの方法のヒントは実業実務の中に存在しており、実践する人の手を経て姿を現すのだ。

更に付け加えて言うならば、実に残念なことだが、ビジネススクールも起業家塾も、この方法を全く教えてはくれない。


      
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   <title>脱学習（Unlearning）</title>
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   <published>2009-03-17T08:16:05Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>一度学んだことを修正する、或いは新しく学び直すことが「再学習」なのだが、重要さが指摘されていながらその実践は難しい。この困難の最大の原因は、再学習に際して今までの知識を手放すことが、容易にできないからである。一度学んだことを手放すのが「脱学習」（Unlearning）である。</summary>
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      執着を手放すとは？


国際プロジェクト・プログラムマネジメント学会のエクスペリエンスクラブにお招きいただき、Learnig Organization（学習する組織）についての講演を育児本共著の近藤直樹氏と行うことになった。これはLO勉強会という組織学習の自主研究会のお仲間で、実は同じクライアントを持っているIT系企業の代表が、忘年会の席上で提案したことに端を発する。

従業員100人を超える会社の代表を務め、学会理事に加えて工業大学大学院の技術経営研究科客員教授という肩書きを持つ彼女が、「じゃ、学習する組織のプレゼンをウチの社員も含めたギャラリーにやりませんか？」と何気ない調子で話を振るので、「ああ、面白そうですね」と安請け合いをするが、まさかこんな本格的な講演になるとは･･･


一口に学習といってもいろいろある。

「初学習」とは、子供達を見ていて思いついた僕の造語だが、この重要性は今更言うまでもないだろう。学校教育で使う教科書がその是非は別として国家検定制度下にあり、国民が生きてゆく知識の土台をしっかりと形成することを目的としているワケで、低賃金や過酷な労働内容にも拘わらず教員志望者が多いのも、その使命の重要さ故であることを指摘するのは蛇足かもしれないが有力な傍証ではある。

一方、一度学んだことを修正する、或いは新しく学び直すことが「再学習」なのだが、重要さが指摘されていながらその実践は難しい。この困難の最大の原因は、再学習に際して今までの知識を手放すことが、容易にできないからである。一度学んだことを手放すのが「脱学習」（Unlearning）である。

「意味のある会議は1時間や2時間でできるものではない」と、企画会社の社長が言っていたが、その真意は会議開始後の数時間は脱学習に費やされ、会議本来の「意味ある何か」はその数時間の後にこそ、生まれてくるものであるからという意味であろう。時間効率だけを重視し無駄を省いた会議が推奨され、この手法を売り込む本やセミナーが花盛りだが、その場にろくな情報や知性が存在しないのに会議というスタイルを採るだけではGarbage in, garbage outになりかねない。


前述の講演後、ある大学教授からの質問に回答するが、自説の主張を繰り返すばかりで今この場で起きたことや説明したことを受け容れられていないように見受けられる。所謂平凡な学者や実業家は、自分のモデルに強い拘りがないと一定の成果を出せないのかもしれないなぁ、と感じながら、非凡といわれる人は自分のモデルを手放すことで新しいモデルを手に入れているんだなぁ、ということも同時に理解する。事実、「場」について触れた頃の野中郁次郎氏は全く否定的な態度だったそうであるが、その後自説を代表する思想にまで研ぎ澄まし、「BA（場）といえばノナカ」が世界の通り相場となるまでになる。野中先生とはやっぱり違うんだな、とこの教授を見ながら少々寂しい気持ちになる。


しかし先日、この学会の理事からこんな話を聞く。

「この前の講演で和田さんの仰ってたデュアルドメインに関するお話、あの大学教授が今回の論文に使ってましたよ」


ひょっとすると、未来の大学者に影響を与えられたのかもしれない。
      
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   <title>矛盾を内包するには？</title>
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   <published>2009-02-04T08:19:30Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>先日亡くなった漫画家赤塚不二夫の作品に「天才！バカボン」というのがある。面白いと思う漫画やアニメが多くなかった僕にとって、印象に残る数少ない作品である。♪西から昇ったお日様が東へ沈む〜に始まり、鰻の顔と尻尾を持つウナギイヌ、賛成の反対なのだというセリフは、出鱈目さの眩いばかりの陳列である。

しかし、よく考えてみると昔から伝わる童歌にも「夜明けの晩に鶴と亀が滑った」という歌詞があったり「後ろの正面」と言ってみたりしている。</summary>
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      デュアル・ドメイン


先日亡くなった漫画家赤塚不二夫の作品に「天才！バカボン」というのがある。面白いと思う漫画やアニメが多くなかった僕にとって、印象に残る数少ない作品である。♪西から昇ったお日様が東へ沈む〜に始まり、鰻の顔と尻尾を持つウナギイヌ、賛成の反対なのだというセリフは、出鱈目さの眩いばかりの陳列である。

しかし、よく考えてみると昔から伝わる童歌にも「夜明けの晩に鶴と亀が滑った」という歌詞があったり「後ろの正面」と言ってみたりしている。因みに「後ろの正面は」真後ろを意味するのであれば、「向こう（の）正面」となるはずである。国技館中継で「向こう正面」とは言っても後ろの正面とは言わない。

京都出身の出版社の代表と代官山で一杯引っ掛けていると、「京都へ行って湯豆腐喰ったり京料理を食べるのは銭の無駄ですわ。京都で旨いのはラーメンや。」と仰る。で、お奨めのラーメンは？「完璧な味のラーメンはアカン。少し不味いのがええんや。ウマまずの味にリピートすんねん。」そういえば、京都発のチェーン店「天下一品」のラーメンは3回目からはもう癖になる、と、15年前に奨められて以来リピートしていることを思い出す。


宝塚の月組公演にお招きいただき、源氏物語宇治十帖を原作にした「夢の浮橋」を観劇する。薫大将の回想シーンとして、匂宮と浮舟、柏木と女三宮の逢瀬が演じられる。先に登場している薫の運命を暗示する秘密を、見た筈のない薫の回想として描き、二組の逢瀬を重ねることで運命のフラクタル（古文風に言えば「無情」と「あはれ」）が舞台の上に、客席に立ち上がってくる。この柏木役の美翔かずきは、素晴らしい演技だったのだが、御存知のとおり宝塚には女しかいないので男役も全て女。もちろん演技上男が表象されるワケではあるが、一人格に両性が備わることになる、つまり精神的アンドロギュヌスとなるわけである。


三浦佑之が現代語訳した「古事記」と与謝野晶子の訳した「源氏物語」をあらためて併読しいているが、ここには登場する人物や神々の中に、行為や性格の矛盾が溢れている。藤壷と六条御息所が同一人物の個性を二分したものだと説いたのは高橋睦郎だが、これは柏木と薫大将もそうだろうし、古事記の神々に至っては二神で１セットになって初めて存えるワケである。所謂「独り神」はすぐに御隠れになる。


デュアル・ドメインを昔の物語は複数の人格に描くことで対応したり、源氏物語などでは誰の人格かさえも曖昧にして感情の色彩として染め抜いている。これは、ひょっとすると、そもそもモノローグとして存在したものを「物語る」ための方便として複数の人格を登場させて「ダイアローグ」させるという手法なのかもしれない。

成る程、そう解釈すると絵本「ぐりとぐら」（中川李枝子／大村百合子）が160回を越える増版のロングセラーとなることも理解できる。つまり、大きな卵で作る黄色くて甘い匂いが漂ってきそうなカステラもさることながら、「ぐり」と「ぐら」というネズミは同一人格（鼠格？）を２匹に分けて、モノローグをダイアローグに変えたところが魅力であり、物語の原型があったわけである。ダイアローグが生まれる状態には複数のドメインが存在する、つまりデュアル・ドメインになるのである。


デザイナーの内田繁が「目に見えるモノしかデザインしなくなったから、つまらないデザインばかりが溢れている。デザイナーは目に見えないモノをこそデザインすべき」といった発言をしている。論理思考が過度に適用されると、夜明けの晩は有り得ないし、賛成の反対は不可能となり排斥される。しかし、本来そういった矛盾を私たちは個人としても、社会としても内包している筈であり、例えば愛の詩を書く人が生活者として破綻していたり、或いは、ペットの犬猫は愛玩しても牛や豚は屠殺して舌鼓を打つのはよく知られたことである。


では、どうやってこの矛盾を扱うのか？


乗り越えるのではなく、一方を選択するのでもなく、内包するにはどうしたらいいのか？そこにこそ、デザインの切り拓くべき曠野が拡がっている、とIDRは考えている。
      
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   <title>野中郁次郎と昼食を</title>
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   <published>2009-01-26T08:20:57Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>先日、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生の「マネジメントとは何か？」という話を伺う機会に恵まれた。これは、「戦略の不条理」で有名な慶應義塾大学の菊澤研宗教授が会長を務める経営哲学学会の対談企画で、他に2人の商学部教授（榊原研互、渡部直樹両氏）の３人が野中氏と対談を行うのを、学会メンバーが拝聴するというモノだった。

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先日、一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生の「マネジメントとは何か？」という話を伺う機会に恵まれた。これは、「戦略の不条理」で有名な慶應義塾大学の菊澤研宗教授が会長を務める経営哲学学会の対談企画で、他に2人の商学部教授（榊原研互、渡部直樹両氏）の３人が野中氏と対談を行うのを、学会メンバーが拝聴するというモノだった。


野中氏の著作は名著「知識創造企業」など殆どの国内出版を読んできたが、最近になってS3^の資本及び業務提携先である黒木マーケティング室の黒木陽一氏と共に「SDD（Strategic Design Dynamics）」という理論を平成元年に紺野登氏と共に提唱していたことを知る。これは当時の博報堂が知識創造を提唱し始めた野中氏と共に、新しいマーケティングの概念を創ろうとして取り組んだ意欲的な「運動」であった。

黒木氏と紺野氏は博報堂の同僚であり、紺野氏は後に学会へ転身し、現在は多摩大学の教授となっている。近著「知識デザイン企業」で鮮やかにSDDの精華を開かせている。因みにこのことを知るに至った経緯は、国連大学の宮尾宮尾尊弘教授が、僕が11月に出席した国際プロジェクトプログラムマネジメント学会の講演で「デザインを単に意匠という意味でしか使っていないことは残念である」という事を仰っていた事に端を発する。

宮尾氏のデザインとイノベーションシステムという論点では、「イノベーションはデザインによって引き起こされる。しかし、イノベーションを『技術革新』と訳してしまうようでは覚束ない」と言いながら、ボストン、ミラノの事例が紹介され、産学クラスターにIDEOなどのデザイン事務所が入り、重要な役割を担っているというのだ。 

「M&amp;Aなどを会計事務所や経営コンサルじゃなくってデザイン事務所が主導するようになると面白そうですね」と、質問の最後に付け加えると「ええ。因みに一橋大の竹内弘高教授は新入生への講演で『マネジメントを学ぶのならビジネススクールに行くのではなくデザイン学校へ行きなさい』と訓辞したそうです」と、お答えいただく。 御存知の通り竹内氏は「知識創造企業」の野中氏の共著者である。

ダイヤモンド社のハーバード・ビジネスレビュー2008.12月号にIDEO代表のティム・ブラウンが「デザインシンキング」という論文を寄稿している。これもデザインという方法を思考手段に取り入れる試みであり、論理思考の限界を打ち破るモノとして注目したい。


前置きが長くなったが、野中先生のお話は米国留学の背景や学んできたマーケティング、経営学の分野と選択理由などに始まり、ご自身の現状にまで話が及ぶ。経営学会の大スターが小さな部屋で、10人足らずの前で惜しげもなく2時間半話しているのを、非現実的な心持ちで聴く。

経営哲学学会でこの対談内容は公表されるので詳細は割愛するが、企業にとって今後重要さを増す概念、日本企業へのメッセージという部分について書いておく。

曰く、神は細部に宿る、というが、企業はディテールは大事にしなければならない。つまり現実に立脚するということである。如何に素晴らしい理想であっても現実に根差していない完全な絵空事では命題のリアリティが無くなる。現実に立脚した事実を大切に扱い、その上での大きなジャンプを試みるべきである、と。

これは、「関係性の関係性の関係性」という表現をされていたが、つまりはコンテクストのことを仰っていると思われる。そして、一般善（Common Good）との「より大きな関係性」を紡ぐことで大きなジャンプが可能になる。事例としてはホンダのCVCCエンジン開発が挙げられていたが、これは紺野氏の「知識デザイン企業」に詳しい。

細部と全体、過去と現在を行き来する（これもジャンプする）ような関係性を持つことの面白さも併せ持ちたいところであり、野中流の表現で言えば「大ボラ」が吹ける（コンテクストをジャンプして紡げる）ことが大事であり、それは「行為の只中での省み」（reflection in Action　※因みにonではなくinであることを強調）が本当の「仕事」である、とも。

そして、賢慮（Phronesis）を個（individual）から集合（collective）への移行を考えるときが来ていることを告げている。日本企業にはその顕在化されていない一般善を扱う素地があるのではないか---。　ここについては、ポランニーやチクセント・ミハイなど暗黙知のようなコンテクストに着目した人々がハンガリー人であることとの関係性を示唆していた。分かり難いかもしれないが、ハンガリーはマジャール語というウラル=アルタイ語族に属する「東洋的」言語なのである。つまり日本語も同様に、モノよりもコトを表すに適した言語・文化であり「プロセスこそが実在である」というマネージングフローを「巧く受け取ること」ができるのだ。

不祥事の続いた某総合商社が再生のキーワード「良い仕事をする」を紡ぎ出せたのはその証であり、社長が陣頭指揮を執りながら全国の社員との対話によって、多次元で、車座で、円陣を組んで、遠回りして集合的賢慮（Collective Phronesis）に行き着く様は、そのままこれからの日本企業に必要となる方法であろう。


･･･ざっと先生はこんな纏めをされたのだが、科学的分析手法は嫌いで性に合わないと仰っていたにも拘わらず、会員の漠とした質問に対し「Ａ社ではこういう考え方でこの数値で、Ｂ社では･･･」と、司馬遼太郎風に言えば「切れば血の出るような具体性」をもった事例や数値で徹底的に回答される。以前から黒木氏に「野中さんご本人は嫌いかもしれないけど、数値分析は凄いよ」と聞いていたとおりである。


御一緒する予定だった昼食は、後の予定が詰まってしまい野中先生のみ欠席となるが、去り際に「もう大風呂敷を広げるのもこれで最後になりそうだから、『最後ッ屁』を出したいね。一緒にやりましょう。」と仰る。

はい！もちろん一緒に力一杯放りたいと思います！



      
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   <title>育児書スタイルのマネジメント本を上梓</title>
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   <published>2008-08-06T07:57:25Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>人材開発、能力開発は殆どの組織で巧くいっていないと思い、メンタリングをサービス化して支援ソフトをASPで提供するというビジネスモデルで起業したが、残念ながら、その創った会社自体が「学習しない組織」になってしまった。ギャラップ社のストレングス・ファインダーで自己分析をした結果が「学習欲」を能力の筆頭とする僕には自分達の創った会社がだんだんと苦痛になってくる。</summary>
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      僕にはやりたいことが3つある。 
「本を読むこと」 
「本を書くこと」 
「学習する組織を創ること」 

人材開発、能力開発は殆どの組織で巧くいっていないと思い、メンタリングをサービス化して支援ソフトをASPで提供するというビジネスモデルで起業したが、残念ながら、その創った会社自体が「学習しない組織」になってしまった。ギャラップ社のストレングス・ファインダーで自己分析をした結果が「学習欲」を能力の筆頭とする僕には自分達の創った会社がだんだんと苦痛になってくる。


3つのウチで最もビジネスになりにくいのは「本を読むこと」だろう。 
しかし、世の中には「本を読むこと」を仕事としてコミットしてくれる不思議な会社があって、職業読書家となる。コナン・ドイルの「赤毛連盟」を御存知の方は、僕の家の地下に銀行金庫への地下道が掘られるシーンを想像されるかもしれない。何れにしても、やりたいことの1つめが達成される。 


そして「本を書くこと」 
これは昨年の夏、学習する組織の研究会で御一緒している近藤直樹さんから「育児に関する本を一緒に執筆しませんか？」という打診に端を発する。マーゴ・マリー女史の「4つのメンタリングスキルを誰もが発揮する。それは育児である」に共感していた僕は二つ返事で了解し、早速構成を考える。 

育児は「信じて」「認めて」「待つ」ことが肝心で、特に最後の「待つ」は非常に難しい。これは企業の人材マネジメントでも全く同じ事が言えると思う。待ってる振りをすることが上達したマネージャーはたくさん見てきたが、本書で紹介している幼稚園の事例を是非一読願いたい。この若い女性教諭の取り組みに取材に訪れた私達著者と弊社取締役の田中は涙し、恥じ入り、待つことの価値に確信を持つに至る。 

効率至上主義は、問題解決型の生活を生み出し、ついには育児までもソリューションするようになる。恐ろしいことに、効率的に育児をするには、という命題が今日も何処かで掲げられているのだ。あなた自身は効率的な愛情を親から受けて、効率よく育ちたいと思ったことがあるだろうか？効率よく育ってくれて良かったという感想を得たことがあるだろうか？ 


成長は決して問題解決ではないし、育児は楽しみであり、共に親が成長するというのが私達著者の視点である。育児を5年真剣にやったら、へっぽこ管理職研修を受けるよりよっぽどマネジメント力が向上すると断言できる。

そして本書は、今日から店頭に。

「怒らないママになる子育てのルール」 
http://www.horei.com/book_978-4-86280-085-5.html 

タイトルや表紙、帯などのキャッチは別として、この本はルールブックでもなければ、HowToでもない。ソリューション思考で戸惑う親が、前述の「信じて認めて待つ」を、読後に実践したくなるようなモノを目指して書いている。 そしてそれは、企業の人材育成や組織マネジメントに使えるのである。


出版社、取材先、アドバイザーの皆様、そしてエスキューブドの皆様、ありがとうございました。




※追記
平成21年2月23日付の日本教育新聞社に本書の批評が掲載されました。
http://www.kyoiku-press.co.jp/jepdata/web/index.htm
      平成21年2月23日付の日本教育新聞社に本書の批評が掲載されました。
http://www.kyoiku-press.co.jp/jepdata/web/index.htm
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   <title>mediaはmediumで</title>
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   <published>2008-07-06T07:33:04Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>希少性がモノを言う様になったら、もう本当の価値は失われてしまうのかもしれない。メディアが煽るブランドインフレーションの犠牲は消費者だけではなく生産者、或いはその「モノ」自体である。メディア（media）がミディアム（medium）の複数形であることを思えば、マスメディアへの情報依存も「中位（medium）」がいいのだろう。 </summary>
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      昨年の9月に翻訳者の安西徹雄がナレートして、シェイクスピアの戯曲「十二夜」を演劇集団「円」の俳優達が各役をリーディングするのを聴いた。これは活字文化推進会議が「翻訳文学のいま〜古典の新しいカタチを考える〜」という企画で行ったモノであるが、その安西氏が5月末に亡くなっていた事を日経新聞の追想録で知る。 

スポンサーは光文社であったが、古典を新訳で楽しむということによって「今、息をしている言葉で」というキャッチの下、僕の光文社株を随分上げたモノである。この時の安西氏の影響で亀山郁夫訳「カラマーゾフの兄弟」を読んでいるようなものだ。矍鑠として居られた印象だが、その僅か8ヶ月後の訃報に驚く。 

昨日も活字文化推進会議による講演が市川の小学校で開催されており、ゲストは井上ひさし。読書週間がイタリアのボローニャで始まったことを説明したと新聞には記載されていたが、昨日は連塾のゲストスピーカーでもあったはずである。午前中は市川で午後は赤坂とは、随分と忙しい。今回の連塾は残念ながら参加を見送ったが、松岡正剛プロデュースの基、國學院の岡野弘彦と井上ひさし、そして押井守が対談をするという豪華絢爛な内容である。


ぎらつく夏の日差しを浴びて帰路に着くと近所の奥さんに、潮干狩りで得たという浅蜊を大きな袋一杯頂戴する。「砂抜きして下さい」と言われたので台所の塩を探すが「ヒマラヤの岩塩」しか見当たらない。海の貝に山の塩で良いのか？いや、元々ヒマラヤは海だったはずなのできっと大丈夫、などと無駄な推察をしながらをミルでガリガリ挽いて入れる。すると健気に脚や管が伸びてくる。


土用の丑といえば、ウナギで精をつけたいところである。 

マスメディアの流す産地情報などで消費者は煽られ、つい「ブランド産品」を選好してしまう。しかし、四万十川なのか浜名湖なのか大津なのか、ウナギの産地はきっと食べてみても僕にはわからないと思う。

希少性がモノを言う様になったら、もう本当の価値は失われてしまうのかもしれない。メディアが煽るブランドインフレーションの犠牲は消費者だけではなく生産者、或いはその「モノ」自体である。メディア（media）がミディアム（medium）の複数形であることを思えば、マスメディアへの情報依存も「中位（medium）」がいいのだろう。 




      
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   <title>ワキとシテと地謡</title>
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   <published>2008-03-30T07:09:06Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>国立能楽堂で「鵜飼」を観てきた。 

東郷神社の前を通って、神宮前から雨の中を歩いて向かう。表参道の桜も八分咲きで、ふとした軒先から顔を出す花の霞に思わず目を奪われる。「鵜飼」はシテを観世清和が舞う期待十分な香盤で、前シテが戻る直前の場面では、息詰まる緊張感に拳を堅く握る。</summary>
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      国立能楽堂で「鵜飼」を観てきた。 

東郷神社の前を通って、神宮前から雨の中を歩いて向かう。表参道の桜も八分咲きで、ふとした軒先から顔を出す花の霞に思わず目を奪われる。「鵜飼」はシテを観世清和が舞う期待十分な香盤で、前シテが戻る直前の場面では、息詰まる緊張感に拳を堅く握る。

後シテとして閻魔が登場する間、地謡に注目すると、あれ？あの人、梅若六郎にそっくりだな、という老人が混じっている。後で調べてみると、なんとやっぱりあの梅若六郎が地謡で出演していたのだ。

同行者に好評だったのはむしろ狂言の柿山伏。羽黒山の山伏が柿を盗み食いして、それを見つけた畑主がからかうという筋書きなので、詞書きも現代語に近く判りやすい。何と言っても対話のスピードが今に近いのである。一方、不評であった能と特別に演された高野山の真言声明は長い間があり、特に能は所作スピードを半分以下に落としている。ここに強い緊張感が生まれ、孕まれる世界が膨らむのだが、現代生活に馴れた私達はその間を待てない。 


先週先々週と、松岡正剛氏が所長を務める編集工学研究所に御邪魔してきたが、真言宗のある高僧との打ち合わせに同席する。その中で松岡氏から「高野山へは絶対一度は行くべきですよ」と強く勧められる。

実は秋口に登る予定だったのだが忙しさにかまけて有耶無耶になっていたのだ。その代わりといっては何だが、高野山の声明は聴いておこうということで、今回の能楽鑑賞会を企画した。 


家の前の通りは桜が満開である。 

マンションの3Fという高さは桜の花の高さであり、面格子の外に拡がる景色は、まるで桜の中に浮かんでいるかのようである。樹齢五十年前後の桜が約450本並ぶこの通りは、樹木医の判断で若木に植え替えられはじめている。しかし我が家の前の桜たちはどっこい頑張っているのだ。暫く戸を開けて眺めてみよう。 


続古今集の西行の歌から。

　わきて見ん老木は花もあはれなり今いくたびか春に逢ふべき
      
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   <title>ストロングスタイルバンク</title>
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   <published>2008-02-28T07:20:16Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>先日、「日経テスト」の模擬試験を受けてきた。 
これは、経済知識を基にどれ位使いこなす能力があるのかを測るための「指標」となることを目標に作られ、来年度から実施を予定されているものである。人事担当者向けに開催された模擬受験をやってみたのだ。 

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      先日、「日経テスト」の模擬試験を受けてきた。 
これは、経済知識を基にどれ位使いこなす能力があるのかを測るための「指標」となることを目標に作られ、来年度から実施を予定されているものである。人事担当者向けに開催された模擬受験をやってみたのだ。 

謳い文句は「知識量に加えた活用力の測定」だったが、その試験内容からは、どうやって測定しているのかは伺い知ることはできなかった。 そこを質問すると担当者からは「これからその間をつなぐ方法を考える」とのこと。

企業の人事担当者は試験の妥当性や測定基準に悩んでいるはずで、この基準を公共性と客観性の高い経済新聞社に依存したい、というのがテストをドライブすると思われる。当然、論述回答を手間を掛けて評価してくれればコストは高くても納得して貰えるものだと思うのだが、まあ、そこはいろいろあるのだろう。


で、そのテストだが、絶対満点に決まってると思っていたら、二問誤答してしまった。一つはM&amp;Aに関する日米比較、そしてもう一つは欧州中央銀行の金利決定権限の範囲についてであった。 

学生時代、国際経済政策部門を専攻していた関係上、EC（今のEU）については石炭鉄鋼同盟、原子力同盟を基点にして、その頃マーストリヒト条約も締結され通貨統合が始まるホットな時期だったこともあり、進行中の事例を学ぶことになり、域内経済の授業でもEC統合（EU）は、実に楽しいテーマであった。 

最新のニュースを良く読んでいなかったことがミスの原因でもあるが、あの個性豊かな加盟国の中央銀行業務を強い信念で貫いている欧州中央銀行制度の集権振りに、正解を見て改めて目を開かれる思いであったというのも事実である。 

新聞報道によると、欧州中央銀行は9ヶ月連続して金利据え置きの措置を取り続けている。 

これは、物価の安定を何よりも重視するという姿勢の表れであり、日米がサブプライム問題で信用収縮で困る「金融機関向け」に金融緩和（金利引き下げ）を行うのとは対蹠的である。日本に至っては、長期のゼロ金利に続く低金利で、その引き下げ幅さえままならないほどの緩和を続けているのとでは、随分と差がある。


第一次世界大戦後、敗戦国ドイツは激しいインフレに悩まされ、この解決を他国侵略に拠って解決しようとしたナチスドイツの台頭を許すことになる。二度の敗戦を経験し、ブンデスバンク（ドイツ中央銀行）は徹底したインフレ対策を採ることを決意する。そして戦後この原則は徹底的に貫かれインフレファイターと綽名された。是非はあるが、まさに経世済民の基本である。 

EMSを引き継いだEUはヨーロッパの中央銀行を設立するが、この業務は旧ドイツ中央銀行が受け持った。だから彼等は何としてでもインフレを食い止めようとする行動が遺伝子の中に書き込まれているのだろう。このインフレファイター精神は今も健在である。 

金融機関からの緩和の要請、圧力は凄まじいものが容易に想像できる。しかし、次々明るみに出るサブプライム問題関連の損失額や、その影響を受ける金融機関の拡大という巨大なプレッシャーに一歩も引くことなく金利を据え置いている欧州中央銀行のストロングスタイルに、ちょっと泣けてくる。 

二度と同じ過ちを繰り返さない、あの時の反省を忘れないために、ストロングスタイルを取り続けるEUBの姿に私達も学びたい。



      
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   <title>色は述語的に</title>
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   <published>2008-01-01T06:59:56Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>日本文学のお家芸は「色好み」であった。この恋愛感情という優れて述語的な感覚を色彩に求めれば、ざまざまな色合いの絵が描けるのではないだろうか？主語を省略する日本語は述語による色彩表現が絵画的にできて、だから「色好み」な物語を扱うようになり、好色な主人公が誕生する。つまり日本人の男女を問わない好色は、日本語が創り出した優れて日本的な行為である、と、僕は推測する。 </summary>
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      ■主客はどちらでも

紅白歌合戦を見た。 
やっぱり日本の大晦日はこれと「行く年来る年」を見ないことには締めくくれない。 

紅白は最後の四曲が阿久悠の作品で締められる。しかしその前に流れた流行歌は全くと言っていいほど面白味のない、心に響かない歌ばかりであった。古い歌ほど出来が良いというのは一体どういう事だろうか？ 

歌唱力の無い人達がマイクを握って電波に歌声を乗せるのは犯罪に近い行為だと思うが、楽曲のつまらなさ、とりわけ詞のつまらなさに辟易した。誰の歌を聴いても、男女の一番いの恋愛しか謳っていないのだ。しかも美しさの欠片もないような言葉で、身近な狭い世界を絶叫している。現実は厳しく、そんなに楽しいことばかりではないのだから、歌くらい自由でもいいんじゃないかな？と思う。恋愛（相聞）は詩歌の伝統的に強い分野なので、恋歌が多いのは仕方がないと思うが、せめて一即多、多即一な物語を聴きたいものである。 

テレビで流れる岩崎広実の「聖母達のララバイ」を聴いていて思ったのだが、複数の女性達がたくさんの男達を愛で包み込むという物語になっている。こんな歌は今は決して受け入れられないんだろうと思う。過去には、他にも複数の男性を愛する女の歌として、ジュディ・オングの「魅せられて」がある。「好きな男の腕の中でも違う男の夢を見る」というのだから「私の中でお眠りなさい」と言われれば、儘よ、となる。 

一方、記憶を遡っても、男が複数の女性を愛すると言うことが歌詞にあるのは細川たかしの「北酒場」くらいである。「絡めた指が定めのように心許す」というのだから、羨ましい話である。因みに僕は、この歌の主人公のモデルは源氏物語の光源氏であろうと密かに思っている。 

日本文学のお家芸は「色好み」であった。この恋愛感情という優れて述語的な感覚を色彩に求めれば、ざまざまな色合いの絵が描けるのではないだろうか？主語を省略する日本語は述語による色彩表現が絵画的にできて、だから「色好み」な物語を扱うようになり、好色な主人公が誕生する。つまり日本人の男女を問わない好色は、日本語が創り出した優れて日本的な行為である、と、僕は推測する。 

「はかない」と言う言葉は「はかどる」の語幹「捗」が共通語源である。儚く脆い関係性に注目して、その色合いを今年は愛でてみたいと思う。
      
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   <title>自分自身をデザインする</title>
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   <published>2007-05-24T15:23:12Z</published>
   <updated>2009-12-16T12:26:38Z</updated>
   
   <summary>科学技術が隆盛を極める今日、人材の「科学離れ」が起こっているという。
最近、数名のノーベル賞受賞者の話に接する機会に恵まれたが、幾つかの共通する視点がある。それは、「科学とは人間理解のための手段」であるということだった。
私達はどこから来てどこへ行くのか？</summary>
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      科学技術が隆盛を極める今日、人材の「科学離れ」が起こっているという。
最近、数名のノーベル賞受賞者の話に接する機会に恵まれたが、幾つかの共通する視点がある。それは、「科学とは人間理解のための手段」であるということだった。

私達はどこから来てどこへ行くのか？

これはゴーギャンが絵のテーマとして取り上げ、古代からの哲学者が探求し、末期のアルツハイマー病の患者が口にする問いである。
利根川博士は、人間の形態的特質は脳にあると考え、脳を「知らないことを知ろうとする装置」であると捉え、これを突き詰める手法の一つが科学であると述べる。
また、科学によって真理を知ることは自然を理解し人間を理解することであると、野依博士は言う。

ハーバード大学の盾の紋章に刻まれるラテン語の意味は「他の人々も同じようにそれを知らない」ということだそうだが、無知であることを恐れない学習的態度に必要な安心がこのメッセージから窺える。

野依博士は、科学が内包する技術が科学を壊し、文明が内包する科学が文明を壊し、文化が内包する文明が文化を壊している現状を鋭く告発している。つまり、「リデザイン」されないある種の暴走を人間回帰に反するものとしている。

私達が、なぜインテリジェンスデザインルーム（IDR）という組織を創ったかといえば、「自分自身を理解」したかったからである。

人間とは？という問いから発して、組織とは？サービスとは？商品とは？ということを徹底して追究する。しかし科学でさえ経済の下僕と位置付けられる世の中で、マーケティングの入口でしかないような事自体をビジネスにしてしまえるのだろうか？

不思議なことに思われるかもしれないが、これについてのメンバーの不安は無く、強い好奇心だけが先鋭化し、ついに「無知であることを楽しみ未知への眼差しを持ち続ける」純粋好奇心がビジネスユニットとなった。

IDRの好奇心が、これからユーザの組織・サービス・商品などを未知への眼差しで透徹し、集合知性による再編集を行い、カタチを与えるためのデザインを施す。所謂コンサルティング業との違いは、是非ご体験いただき実感してもらいたい。何と言っても、料金はあなたが決めるのであるから。
      
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